BUMP OF CHICKENの「ダンデライオン」の『俺』とは、ホワイトライオンではないのか説

はじめに

BUMP OF CHICKENの「ダンデライオン」。
軽快でアップテンポな曲想に対して悲壮な歌詞、しかし、美しい情景で締められる。名曲だ。私の青春の一部にはバンプがある。
聴いたことのない人はぜひ聴いてほしい。3分程度の短い曲だ。
歌詞をすべてここに貼るのは著作権的にアレだと思うので、歌詞サイトへのリンクだけ張っておく:
http://j-lyric.net/artist/a000673/l001649.html

 

この楽曲はバンプの中でも屈指に好きなのだが、かつてからの疑問があった。
一般的に、この歌詞における『俺』はライオンであり、『お前』はダンデライオン = タンポポと考えられがちだ。
だが、『お前』は(普通の)雄ライオンであり、『俺』は白変種でホワイトの雄ライオンと読むこともできるのではないか。
アルビノってやつだと思っていたけど、ウィキペディア見ると、アルビノと白変種は違うらしい。まあいい)

 

実を言うと、この説はすでに否定されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Jupiter_(BUMP_OF_CHICKEN%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0)
百獣の王ライオンとDandelion(タンポポ)をかけており、ライオンのタンポポへの一方的な友情を描いた曲。
もともとそんなにテンポが速い曲ではなかったのだが、直井曰く、升が勘違いしてドカドカ叩いてしまったので、今のような曲調になったとのこと。

やはり、『お前』はタンポポらしい。
しかし、しょせんはウィキペディアであり、上記記事には明確なソースが示されていない。なにより、詩の解釈は多様であって構わないはずだ。
ここでは、『俺』がホワイトライオンであると読める根拠を9つ示したい。

 

その前に、『お前』がタンポポであると考えられる理由を考えてみる

6点ほど挙げることができた:

1. 楽曲のタイトル
 この楽曲のタイトルである「ダンデライオン」は「タンポポ」の英名である。
 タイトルに採用されるくらいであるから、タンポポが重要なモチーフであることは間違いない。

2. 「橋の向こうで出会ったヤツは太陽によく似た姿だった」
 『お前』は「太陽によく似た姿」らしい。
 これは、タンポポの花弁の色や姿形が、太陽が輝く様子に見えることを考えれば理解できる

3. 「ふきぬける風と共に頷いた」
 無論、タンポポは植物であるから、自ら動くことはない。
 風が吹いてきて、タンポポが花を傾げ、頷いたように見えたと考えれば理解できる。

4. 「いつも無口な」
 無論、タンポポは植物であるから、声を発することはできない。
 『お前』が無口であると理解できる。

5. 「お前によくにた色の小石」
 歌詞からわかるとおり、この小石は「金色の琥珀」だ。
 タンポポの黄色を「金色の琥珀」色と見立てることも理解の範疇にある。

6. 「季節は巡り 春が訪れ 谷底まで 金色の化粧 一面に咲く タンポポの花 ライオンによく似た姿だった」
 ラストの歌詞である。谷底で死んだライオンを弔うように綿毛を飛ばし、
 谷底をタンポポで一面に覆いつくす。美しい情景だ。

 

以上から、『俺』はライオンであり、『お前』はタンポポである、
と考えるのは筋が通っていると言える。

 

『お前』は(普通の)雄ライオンであり、『俺』は白変種でホワイトの雄ライオンと読むこともできると考えられる理由

ここからが自説の展開である。
『俺』がホワイトライオンであり、『お前』が(通常の)雄ライオンであると考える理由を9つ述べていく。
ただし、けして、上記の解説を否定するわけではない。
しかし繰り返すが、詩というものを多様に解釈することは許されるはずだ。

やや強引な部分もある。しかしどうか読んでほしい。

 

1. 「サバンナじゃ皆に嫌われた」
 冒頭付近の歌詞である。
 まず疑問が生じる。『俺』が(普通の)雄ライオンだとしたら、なぜ「皆に嫌われた」?
 ライオンは群れを作り行動する。
 もちろん、『俺』の気性が激しかったり、気難しい性格だったから、
 群れの他のライオンたちに嫌われたと考えることはできる。
 しかし、『俺』がホワイトライオンであり、
 仲間と著しく異なる外見をしていたために嫌われ、群れを追い出されたと考えても筋は通る。

 さらに言うならば、「『皆』に嫌われた」という点が気になる。
 後ろの歌詞を参照すると、「もし生まれ変わるなら お前の様な姿になれれば 愛して貰えるかなぁ」ともある。
 気性が激しい、あるいは、性格が悪いというだけで、群れのライオンからも嫌われるだろうか?誰からも愛されないだろうか?
 この点、気性や性格の不出来以上に、何か、根本的に嫌悪される理由があったのではと考えられる。


2. 「橋の向こうで出会ったヤツは太陽によく似た姿だった」
 ここで気になるのは、「橋の向こうで出会ったヤツ『は』」という点である。
 (普通の)雄ライオンの色やたてがみの様子も、タンポポと同様に、太陽によく似ている。
 もし、『俺』が普通の雄ライオンであったなら、自分も「太陽によく似た姿」であるはずだ。
 しかし、『俺』がホワイトライオンであれば、その体表の色から、太陽は連想されない。
 『俺』が普通の雄ライオンであれば「橋の向こうで出会ったヤツ『は』」と述べる理由がわからない。
 「橋の向こうで出会ったヤツ『も』」と述べるべきではないか。
 ここで『俺』が出会った『お前』とは、(普通の)雄ライオンだったのではないか。


3. 「お前は俺が怖くないのか?逃げないでいてくれるのか?」
 この文意は、『俺』が普通のライオンで、『お前』がタンポポであると考えても筋は通る。
 自ら動ける『俺』が動けないタンポポに対して優位であるのは怖がられても仕方ない。
 しかし、動けない植物に対して「逃げないでいてくれるのか?」と問うライオンというのは、どうだ、すこし格好悪くないか。
 この部分は、『俺』がホワイトライオンで、『お前』が普通の雄ライオンであると考えても、また筋は通る。
 サバンナでは嫌われた異質な『俺』を、『お前』は怖がらず逃げないでいてくれたのだ。


4. 「吹き抜ける風と共に一度だけ頷いた」
 ここは自説として弱い個所であると認めざるを得ない。
 自ら動けないタンポポが、風にあおられ茎を曲げ「頷いた」と見る方が筋が通る。
 しかし、『お前』が、『俺』に対して威嚇することもなく、ただ「頷いた」と見ることもできる。


5. 「雨の日もライオン吊り橋を揺らす金色の琥珀を銜えて 今日の土産はいつも無口な お前によく似た色の小石」

この箇所で論じる部分は2点ある。

5-a. 「お前によく似た色の小石」。
 タンポポの花弁も、(普通の)ライオンの体表も黄色である。
 しかし、むしろ、「金色の琥珀」は、タンポポの花弁よりも、ライオンの体表の色に近いのではないか。
 そして、「お前『に』よく似た色の小石」なのである。
 『俺』には似ていない色なのである。
 これは、『俺』がホワイトライオンであることを示唆する重要な一文字であると言える。

5-b. 「いつも無口な」。
 ここも自説として弱い個所であると認めざるを得ない。
 タンポポが無口であることは当然である。
 これについては、『お前』が無口な性格であったと消極的に述べることしかできない。


6. 「響く雷鳴落ちる吊り橋」
 これはほぼ妄想である。
 雷の色は何色か。白色のイメージがある。
 『お前』とその他のライオンは黄色であり、『俺』は白色である。
 『俺』が「サバンナじゃ皆に嫌われた」理由は、『俺』が白色であったからだ。
 『俺』と『お前』を立ち裂く白色の閃光。
 いや、すまん、やっぱりこれはただの妄想だろう。


7. 「お前を泣かすものか この元気な声が 聴こえるか この通り 全然平気だぞ 濡れた頬の冷たさなど 生涯お前は知らなくていい」
 これは私の解釈を支持する箇所だ。
 端的に言おう。タンポポが泣くのか? 声が聴こえるのか? 冷たさを感じるのか?
 崖の上に居るのは、やはり、泣きもするし、声も聴こえるし、冷たさを感じる、ほ乳類ではないのか、ライオンたる『お前』ではないのか。


8. 「もし生まれ変わるなら お前の様な姿になれれば 愛して貰えるかなぁ」
 これも私の解釈を支持する箇所である。
 『姿』である。『姿』なのだ。
 『俺』が「サバンナじゃ皆に嫌われた」理由は、『姿』なのだ。
 無論、『皆』とは群れの仲間ではなく、他の動物である可能性は否定できないが、
 白変種の異質な姿ゆえに「嫌われた」と考えれば、
 そして、普通の見た目のライオンである『お前』の『姿』であれば、
 親や仲間に嫌われることもなかったのではないかと『俺』が考えていると取れる。


9. 「季節は巡り春が訪れ 谷底まで金色の化粧 一面に咲くタンポポの花 ライオンによく似た姿だった」
 一般に言えば、春になり、綿毛を飛ばしたタンポポの花が谷底に咲き乱れる美しい情景と言える。
 しかしまあ待て。もともと谷底にもタンポポが一面に咲いていたと考えることもできる。
 そしてタンポポの花弁は黄色、『お前』を表し、タンポポの綿毛は白色、『俺』を表す。
 その黄色と白色の二色を結ぶ茎や葉は和平の緑色。
 その様子を指して、「(2匹の)ライオンによく似た姿だった」と捉えることも可能だ。
 わかっている。これは強引な解釈だ。

 

以上、『俺』は白変種でホワイトの雄ライオンであり、『お前』は(普通の)雄ライオンである理由を歌詞に求めた。

しかし、疑問が残る。異質であるホワイトライオンの『俺』が群れから追い出されたことは説明できるが、なぜ、『お前』はただ1匹で『俺』と出会ったのか。『お前』も群れに属しているべきではないのか。

これはライオンの性質から説明できる。

"TOMORROW is LIVED"
http://www.tomorrow-is-lived.net/wildlife/felidae/lion.html
子供はオスだと2才半~3才で「プライド」(筆者注: ライオンの群れのこと)からリーダーに追い出されます。

"ライオン大好き★アニマルブログ"
https://kumakuma5050.blog.fc2.com/blog-entry-133.html
また、ライオンのオスは生まれた群れを3歳になるまでに追い出されます。

そう、『お前』もまた、群れを追い出されて放浪していた若い雄ライオンなのだ。

ただし、上記2つ目のリンク先の引用先を読むと、

そして群れを離れたオスは 放浪ライオン (ノマド) となって、
他の若いオスとともに放浪生活を始めます。

うん、複数で行動するんだね。
まあ、「無口」な性格である『お前』なら1匹で放浪していたと考えても……いいんじゃ……ないですかね……。

 

おわりに

以上で自説の展開は終了です。

私は、この説を思いついてからは、この曲を聴くときに思い浮かべる情景が、
雄のホワイトライオンと、普通の雄ライオンの友情の様子となってしまいました。

「あー、お前の説もアリかな」と思っていただければ、また聴き直してみてください。
また違ったイメージで「ダンデライオン」を捉えることができるかと思います。

 

以下、補遺。読まなくて構いません


補遺1:

ここで示した解釈は、私が自分で考えたものだと断言する。
しかし、この解釈を公開しようとすると、
私より先に同じようなことを考えた人はいないかが気になる。

「BUMPOFCHICKEN ダンデライオン アルビノ」でググると、
「後味の悪い話まとめサイト」という2chまとめサイトの記事がヒットした。
確認してみると、次のような発言があった:

http://occult-atoaji.sakura.ne.jp/?p=7909
> (前略)
> 歌詞の感じからして、ライオンは死んじゃうぽい。
> わかるとは思うけど、友人はタンポポのこと。頷いたのは風のいたずら。
> ここからは完全に俺の想像だけど、このライオンは奇形か何かで孤立していたんだろう。例えばアルビノとか。
> よく知らないけど、稀に生き続けたりするんじゃないか?だとしたら
> 「お前のような姿(黄色)に生まれたら~」 ってわかるじやん?」

発言者は、『お前』 = タンポポであると認識しているようだが、
『俺』 = 「アルビノのライオン」であるかも知れない、と述べている。

この発言がなされたのは2007年である(記事としてまとめられたのがいつかはわからない)。
だから、「ねえねえ、このまとめ見て思いついたんじゃないの?」と問われたら、
私は何とも反論できない。私はただ、この発言とは無関係だと述べることしかできない。


補遺2:

なぜタンポポの英名はダンデライオン(dandelion)なのか。

イメージとしては、

  • タンポポの花の色と、ライオンの体色が似ているから。
  • タンポポの花の形と、オスのライオンのタテガミの様子が似ているから。

この2つが理由として考えられる。
ダンデライオン」の歌詞にも、「一面に咲くタンポポの花 ライオンによく似た姿だった」とある。

適当に語源をググってみた。

http://www.geocities.jp/tampopo7007/namae.htm
> 英語名 「ダンデライオン」(dandelion)
> dandelionはフランス語の「ダン・ド・リオン」(dent-de-lion)"ライオンの歯"からでて
> いて、タンポポの葉の縁の欠刻(ぎざぎざ)がそれに似ているところからこのように
> 呼ばれることになった。

フランス人の感性わかんない!


補遺3:

もし、白変種のライオンが群れを追放されるケースが現実にあるなら、
私の解釈を支持する強い証拠となったが、そういう事例は調べても見つからなかったことを付記する。