小説: 砂漠のカフェ

いろいろ小説投稿サイトを比較したけど、
どうも、「なろう」に引っ張られているのか、
純文学(謎)を募っているサイトが見つからないので、ここに晒す。

本当にコメントが欲しい。「クソダボがこんなの読まれへんわ」とかでいいんで感想が欲しい。

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タイトル: 砂漠のカフェ


本文:

広大な砂漠を旅してきた。
太陽が砂を焼き、月が砂を凍らせる。そんな過酷な砂漠だ。

今日も僕は砂漠を歩いていく。
快晴。風はない。コンディションも悪くない。
時刻は正午。頭上の太陽が強烈な日差しを砂漠へと降り注ぐ。
見渡しうる景色に存在する色は、空の青、砂の黄土のみ。
ゆっくりと呼吸をする。砂塵をまとった熱い空気が喉を通り過ぎる。

僕は、何度も越えてきた砂丘を、のぼり、そしてくだる。
変化のないこの砂漠の旅にも慣れてきた。

*

ふと僕は、いつもと違う何かに気付いて足を留める。
砂が熱される音だけが静かに立ち上るこの土地で、かすかにだが、異質な音が聞こえる。
人工的な音色、これは、ギターの音か?

音が鳴る方へ視線を向け、目を疑う。2,3kmほど離れた眼下に、オアシスが広がっていた。
僕の知る限り、このあたりには砂漠以外に何もないし、
砂丘にのぼったときには一面の砂礫しか確認できなかった。
幻影か、あるいは奇跡か。しかし、なんど見ても、蜃気楼のようなものではなく、オアシスは確かに存在していた。

オアシスの周辺をよく観察する。各方面からオアシスへ轍や足跡が続いていることに気付く。
砂丘から眺めたときにそんな跡が残っていただろうか? いや、確かに無かったはずだ。
しかし、いま目に見えるものを信じるしかない。

オアシスは、青々とした低木林に囲まれ、楕円形の水場の周りには下草の緑が見える。
僕はしばらく、久々に見る緑と水辺に見とれていたが、緑の中に1件の住屋があることに気付く。
屋根も壁も茶色の小さな建物だ。ギターの音色の元はきっとあの建物だ。

オアシスの方面から風が吹いてくる。砂漠の熱風とは異なる、水気をはらんだ風だ。
僕は、オアシスに向かい、そしてあの建物に立ち寄ることを決め、歩き始めた。

*

オアシスからの風を受けつつ、これまでの旅には無かった出来事に、考えを巡らしていた。
僕が砂漠を歩きだした理由や、それからの過程も、自然と思い出される。

オアシスに近づいていくにつれ、砂漠とは異なる空気の存在が増していく。涼しく、草木の匂いに満ちた空気だ。
低木林の樹種はオリーブではないかと思われた。オアシスの6割ほどを占めている。樹高は2m程度、僕の身長より少し高い。

オリーブの林に入り、歩み続ける。下草の名前までは分からないが、多様な雑草が豊富に生育していた。
左手に見える水辺は日光を反射し、きらきらと輝いている。鳥の鳴く声も聞こえる。
それらの風景を見ながら、僕は、僕の記憶を思い返しながら歩を進めた。

*

やがて、例の建物が見えてきた。

建てられてからの正確な年数は推定できないが、長らく、このオアシスと共にあったと思われる。
建物の周りは下草が払われ、現在も管理が続いていることが分かる。
僕から見える方向の壁に窓は無い。ここからでは室内の様子を伺えそうに無かった。

やはり、ギターはこの建物から響いているようで、オアシスを包むように、周囲の空気を震わせている。
オアシスの雰囲気に合ったのんびりとしたギターの音色に油断していたが、
僕は、砂漠の旅で得た教訓から、未知に対する恐怖を思い出す。
室内の人間からこちらを察知されないよう、オリーブ林に紛れて建物の観察を続ける。

建物の前には、何らかの板状の金属物がある。こちらを向いていないので表面は見えない。
入口の扉の脇には、小さなオリーブが植わった植木鉢が置かれている。
その植木鉢の右手には、錆びついてはいるが、けれど頑丈そうなベンチが据えられていた。
僕はしばらく観察を続けていたが、それ以上わかりそうなことは無かった。

そのとき、ギターの曲が変わり、それに合わせたエスニックな女性の歌声が聴こえてきた。
ギターの演奏者が歌い始めたのか、それとも、演者とは別の女性が居るのかは分からない。
僕は、オリーブの林に立ったまま、ギターの音色と歌声を聴いていた。

*

ふと我に返る。警戒を怠ったことを後悔する。
しかし、この音楽を聴く限り、この建物は、おそらく、悪質なものではない。
なにより、歌っている彼女と会ってみたくなった。僕は建物に入ることを決意し、オリーブ林を出る。

建物の前に置いていた金属物は看板だった。
そこにはこう書かれていた。

 ようこそ旅人よ ここは太陽の真下 世界の果てのカフェ

この建物は……、カフェらしい。
想定していなかったことに僕の思考は少し停止する。
まあオアシスのほとりにカフェがあっても……、おかしくはないか?
いいだろう、入ってみよう。僕に危害を与えるものはないはずだ。

*

扉を開くと、ドアベルの音が店内に響いた。室内は薄暗い。

カウンターの奥で椅子に座っていた店主が演奏を止め、顔を上げる。
「ああ、いらっしゃい」
彼女は椅子から立ち上がり、持っていたギターをスタンドに立てかける。
カウンターは低く、そのギターの姿が見える。アンティークと呼べるほど古いものだと分かった。

店主の他に人間は居ない。そうなれば、あのギターも歌声も、彼女のものだったのか。

「ごめんなさいね、今日はお客さんが来ないから歌ってたの」
「いえ、構いませんよ」
無愛想かなと思って僕はもう一言つけくわえる。
「ギターと歌、素敵でした」
「ふふ、ありがと」
店主は微笑み、続ける。
「明かりをつけることもできるけど、このまま薄暗いほうがいいかしら」
「このままの方がいいですね」
砂漠の強い日差しに疲れた目には、これくらいの薄暗さが優しい。

「どうぞ、お座りください」
僕はザックを下ろし、案内されたカウンターの席に座る。
「すぐに出せる軽食ならパンとオリーブがあります。食後はコーヒーでいいかしら」
「はい、構いません」
どれも、久しく飲食していないものだ。

店主が準備を行っているあいだ、僕はカフェの室内を眺める。さほどの広さは無い。
時の流れを感じさせる古風な内装だった。しかし、埃っぽさなど微塵も感じさせない。
つややかなカウンターの端にはいくつかの果物が籠に入っている。このオアシスで採れたものだろうか。
入口に向かって右手の壁には窓はなく、いくつかの絵画が飾ってある。
薄暗い室内に適度な明るさを与える光は、左手の壁に面する、
薄く白いカーテンのかかった窓から入ってきているようだ。
天井では緩やかにファンが回転している。

ほどなく、パンとオリーブが乗った皿とコップに入った水がカウンターに載せられた。
僕は水を飲み、ほっと一息つく。

皿の方に手をつけながら、カウンター内の椅子に座った店主と話す。
「ここには、私のような旅人が訪れるのですか?」
「そうですよ。すべてのお客さんが旅人です。
 たぶん、あなたが想像している以上のお客さんがこれまでに来店されていますよ。
 今日はあなた1人ですけど、たくさんの旅人が集まる日もあります」
僕は頷いて、パンをかじる。こんな場所に?
しかし、カフェに留まる"残り香"のようなものから、
かつてこのカフェを訪れた旅人が数多くいることが何となく察せられる。

僕は話題を変える。
「ギターはアンティークですか? ずいぶん年代物のようだけど」
「そう、ずっと前にお客さんが置いていったものなの」
ずっと前に。どれくらい前で、店主はいつからこのカフェにいるのだろう。
そう思ったけど、女性の年齢を推察するのはよくないことだ。
「よかったら、もう一曲弾いてもらえませんか?」
「もちろん」
店主の弾くギターを聞きながら僕はゆっくりとパンをかじった。

僕が食事を終えるまぎわに店主は演奏を止め、カウンターの奥の部屋へと入っていった。
やがて、コーヒーの匂いがカフェを満たしていく。
カップに入ったコーヒーをトレイに載せて店主が出てくる。
「ミルクと砂糖はどうしよう?」
「そのままで構いません」
この香りのコーヒーならブラックの方がよく質が分かるだろう。

カウンターから見て左手の窓の下には1人掛けのソファーと小さなテーブルが設置されていた。
窓の向こうにはオアシスが見える。僕は、あの席から景色を眺めたいと思っていた。
「ところで、あっちの席に移動してもいいですか?」
そう言いながら、僕は顔を左に向ける。
「ええ、どうぞ」
僕はトレイを受け取りその席へと移動する。
ソファーに座る。やわらかい布地でとても座り心地がいい。
コーヒーを一口すする。苦みと酸味がほどよい上品な味わいだった。

窓の向こうでは、オリーブの葉が日差しを反射し、その深い緑を輝かせていた。
オリーブの隙間から垣間見える水辺も、波うつ水面の白い光をきらめかせていた。
オリーブ以外の樹木があることにも気付く。その木はオリーブよりも高く、赤い実をつけている。
ときおり、このオアシスに集まる鳥が空を飛び交っていく。

僕は、ソファーに腰掛け、そういう風景をぼんやりと眺める。
過酷な砂漠の旅を歩いてきたこの身には、この風景は、何よりの癒しだった。
僕は、旅の疲れが抜けていくのを感じる。

このソファーは、体が沈み込むほどに柔らかだ。
僕は腕を組み、深々とソファーに身を沈める。
腕から、自らの鼓動が伝わってくる。鼓動のリズムは、僕という生命を想起させる。
これまで生きてきたこと、この先も生きていくこと。僕はどこから来て、どこへ向かうのか。
ソファーの中で深くリラックスし、そういうとりとめのないことを考える。

*

どれくらい時間が経っただろう。ふと僕は我に返り、上体を起こす。
ほう、と息をつくと、人の近づく気配を感じた。
「どうです? コーヒーのおかわり」
店主が僕に尋ねる。机の上のカップに目を落とす。すでに空だ。
「……ええ、お願いします」
コーヒーカップを返却すると、まもなく、温かいコーヒーが運ばれてきた。

2杯目のコーヒーを飲みながら、僕は再び窓から外を眺める。

人生は苦痛に満ちている。だけど、世界は美しい。
それは確かなことだ。そんな当たり前のことを、砂漠を歩く中で忘れてしまっていた。
僕は、今この目に映るすべてのものを愛しいと感じた。

*

コーヒーを飲み終わり、僕は砂漠に戻ることを決める。

「ごちそうさまでした。お代はいくらですか?」
「いいえ、お代は必要ありません」
理解しがたく、僕は店主の顔を見つめる。
しかし、店主は、黙ったまま静かに微笑んでいる。
僕は店主の厚意を素直に受け入れる。
「わかりました。本当にありがとうございます」
「いいんです、そういうことになっているんです」

僕は荷物をまとめる。そうしてカフェを見渡す。いい場所だった。
ザックをかつぎ出口へと向かうと、店主がカウンターから出てきた。

「ありがとうございました。久々に休息できた気がします」
店主に、本心からの言葉を伝える。
「それはうれしい。旅人さんたちはみんなそう言ってくれます
 忘れないでくだいさいね、このカフェのこと」
店主が微笑む。
その笑顔を見た瞬間、僕は、いつになるか分からないが、
必ず再びこの場所を訪れることを、なぜか確信した。
「忘れません。時折、思い出します。きっと、また来ます」

*

店を出ると、店先のベンチが目に入った。
ここで、このカフェを訪れた旅人たちはコーヒーを飲み、
パンをかじりながら、談笑し、あるいは僕と同じようにオアシスを眺めてきたのだろう。

僕はベンチから目を戻し、ふたたびオリーブの林を抜けていく。
太陽はだいぶ傾いていた。時刻を確認すると、思っていた以上に、あのカフェで過ごした時間は長かったみたいだ。
予定外のことで旅程は少し乱れてしまったが、素敵な午後であったことは間違いなかった。

砂漠に近づくにつれ、気温が上がり、湿度は下がり、植物の匂いも減っていく。

当面の目標の砂丘の上に立つ。振り返ると、あのオアシスとカフェは忽然と姿を消していた。
たぶんそれでいいんだ。それでもきっと、またあの場所に辿り着くことができる。

僕は、砂漠の強い日差しに目を慣らすためにしばらく砂丘にたたずむ。
次に向かうべき方角を頭の中で反芻し、目を開き、歩き始める。

僕の人生はこうして続いていく。

(おわり)

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「ダボ言うて悪かったな」って思ってもらえると嬉しいのですが、
この小説、ある意味、二次創作です。

東京エスムジカ」というグループの"未完成旅行記"というアルバムに入っている、
"砂漠のカフェで会いましょう"という音楽が元ネタです。まんま。
歌詞: http://j-lyric.net/artist/a00c999/l019ae1.html

なるたけ歌詞をなぞる/引用するという方針でこの小説は書かれています。
お暇があれば、どこがどう掛かってるのか探してみてください。
また、原曲もいい曲ですので、機会があれば聞いてみてください。
(とはいえ、原曲は、この小説ほどしっとりした感じじゃなくて、
 結構にぎやかな感じです。たぶん、作詞の意図も私の解釈とは異なる)